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sense of wonder
不思議さを感じることのできる、こころの不思議。
その謎を探るような日々の足あとを綴ります。
  • 2010年2月14日

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とくに建築の勉強をするため・・という目的ではなくて、建築家がプランするうえでの、精神的なプロセスを知りたいから・・・ という理由でたまに読む、建築家の書く文章。

内藤廣氏「建築のちから」。知的で繊細、無言で語るように奥ゆかしく、控えめ。 論理的で現実的であって精神的、感覚的、温かさが伝わってくる。 いたって言葉自体は難しくなく、完璧すぎない、という完璧さ。 批評家のような口調とは当然かけ離れているけれども、自身の建築を通して、心の内の意見を言葉にしている・・・。 実際のクライアントとのコミュニケーションから生まれる他者(社会)との問題に向き合う心、それを解決してゆく術。 建築家個人のアーティスティックな精神世界を具体的な建物として表現してゆくセンス・・・。 批判することは、簡単なのです・・・。創造する事が、一番むつかしいこと・・・と、感じずにはいられない。 内藤氏は、出来上がりのイメージを初めにもつということはあまりないらしく、徐々にぼんやりとその全体のイメージが姿を現す・・・といったプロセスを持っているようです。そのぼんやり・・・の間に、周りの風景や歴史、人々の暮らしなどへの理解が深まってゆき、 プランが進んでゆくというプロセスは、まず自我ありきの建築にはならない、ということ。 個性的で目立つとか、人目をひく奇抜さ(エンターテインメント?)・・・とは対極のところにいる建築家なんだなと、思いました。

・・・そして、またまた話題とは全く無縁のおでぶねこちゃま。ついにそのおデブっぷり公開となりました。 どうでしょう、心配になりませんか、メタボからくる様々な症状に・・・。私は毎日、心配でたまりません・・・笑。



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フランスに住み始めて4カ月と少したちましたが、未だに違和感を捨てきれないこと、

それは食べる前の「いただきます」ということばに当たるフランス語がないということ。

異文化の驚きや新鮮さから色々なことを考える機会が多いのですが、違和感として・・・

「う~んお腹のあたりにしっくりこない感じ」というのでしょうか、割り切れない、と感じる事柄はあまりなかったのです。しかしながら・・・「いただきます」を言わずに食べ始めること(タイミング?)はずっと違和感としてあって、

フランス人やその他の外国の友人との食事の際もいただきます、とつぶやいてしまうのです。

以前、フランス人の友人に尋ねたところ「Bon appétit」(たっぷり召し上がれ、食事を楽しんでください)でよいと教えてはもらったものの、根本的な意味が異なるために複雑になるのです。「それほどつっこまなくても~笑。」と、日本の友人にはつっこまれてしまうのですが。

それほど気にもとめない、ほんの一瞬のわずかな違和感に敏感で素直であることが、無意識に日本独自の文化、精神のひとつひとつへゆっくりと意識を傾けることになると思うといちいち立ち止まってしまうのです。長年外国に住んでいる方はどうなのでしょう、最近気になることです。

そんな話題とは全く無縁のでぶネコちゃん(写真はおでぶに見えないショット)。「そんなむつかしいこと、どうでもいいから、そのご飯、僕にもおくれ~」という眼差し。

  • 2010年1月10日

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先日、パリに雪が降りました。昨年にも降りましたが、基本的にあまりパリには雪は降らないとのこと。どうも今回の冬は、少し珍しいほどに雪が降っているようです。写真は朝、学校へ行くときに家の前の道を撮ったもの。8時半過ぎているというのに、まだ薄暗く、夜のかおりがほんのり。寝ぼけてぼんやり扉を開いたら、雪景色が目の前にぱっと広がっていて、慌ててカメラをパチリ。朝は時間に余裕がないのです。

朝方の薄暗い時間帯や、夕方日が沈む時間帯のパリは、本当に綺麗。オレンジの光が深いブルーの空の色につつまれて、古い建物のシルエットがどこまでもつづく・・・、夕方に散歩をするのはとても気持ちがよいのです。しかし、最近はそうも言っていられないほどの寒さ。指先や、ほおの感覚がなくなってしまうほどの、マイナス?℃の中をぶらり歩くのは、少し辛い・・・。

これほど寒い中、「今日は雪がきっと降るよ。美しい公園を散歩しながら、雪が降るのを待ってみたらどう?きっと、雪景色はとても綺麗だよ。」と、一瞬冗談を言っているように聞こえるセリフを、大真面目に話すのは学校の先生、D氏。ロマンチックな世界は好きですが、さすがに芯まで冷える寒さの中、いつ降りだすかわからない雪を待つほど、ロマンチックにはなれません・・・。

D氏は丁寧で親切な先生なのです。授業を通して感じるのは、どうやらD氏にとって「親切な、優しい、思いやりのある」(=フランス語で”ジョンティ”)行いはとてもとても重要な様子。常に、口にする言葉、態度、行いが「ジョンティ」かどうか、ということを意識しているように感じるのです。生徒の飲み終わったコーヒーの紙カップを、さっそうとゴミ箱に捨てている様は、名付けて”やりすぎジョンティ”・・・笑。

また語学学校の先生という職業柄、さまざまな”国民性”を知りつくす中、どうやら日本人は「とてーもジョンティな国」と理解しているようで、ジョンティさが重要なD氏にとって日本は興味深い国。「となりのトトロ」も好きなようで、トトロを知らない生徒に一生懸命トトロを説明していました。”トトロというのは、とても大きな動物で、大きな口で大声を出す、子供たちの隣の森に住んでいる・・・”というように、大体のイメージを説明しながら、トトロは大きな怪物のような格好をしているよ、と伝えたかった様子。しかし、最後は「メ、イレトレジョンティ。」・・・以上。(笑)

(メ、は「しかし」、イレ、は「彼は」)。

最近とても興味深かったのは、お相撲さんの「まげ」を生徒に説明するときに、「トレジョリ」(とても美しい)と言っていたこと。一度じっくり眺めてみようかしら(笑)。・・・という具合に、ネタの尽きない先生を中心として、クラスの生徒同士の仲もとても良くなってきた様子。

昨日は、イタリアへ帰国する生徒を囲んでのお別れ会があり、あたたかい人達との危ういフランス語の会話を楽しみました。スペイン語圏の人たちは、アルコォルが増えるにつれ、フランス語からスペイン語へくるくると変化し、そこに興味を持った私はスペイン語を教えてもらう始末、語学学校の仲間どおしの会話というのは、はたから聞いたらとても可笑しいのでしょう。しかし普段(日本人どおしで)使っている頭(こころ?)とは違う、新しく生まれた感覚で伝えようとしていたり、理解しようとしたり、日本を感じようとしたりしているのです。伝わった時のささやかな喜びや愉しみに夢中になりながらの会話はクリエイティブそのもの。あっという間に真夜中。イタリアへ帰国の彼も満足の様子で、満面の笑みを浮かべてのさようなら、が、とても心に残る夜でした。

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