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sense of wonder
不思議さを感じることのできる、こころの不思議。
その謎を探るような日々の足あとを綴ります。
  • 2011年11月9日

正確には、うっすらとオレンジ色が溶け込んでいる白。


ミラノはここ数日、どこから空なのか分からないほどの、深い霧に包まれた夜が続いております。

かろうじて、街頭のオレンジの光がぼんやりと見えるだけで、くもの中に包まれているような感覚。


白い闇の夜。


日本語として不思議な感じがしますが、これは心象風景のお話。

街灯さえも、ぼんやりと頼りない、深い闇の世界。

2年前の冬、Parisに着いたばかりの頃の心の状態を表現するのに、ここまでしっくりくる風景は無いわ。


異国の空の下、ひとつまえの旅を思い出して。



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アウシュビッツ強制収容所のある、ポーランドの古都クラクフという街から首都ワルシャワまでは、列車で約3時間半。

クラクフは友人と三人旅を、その後、列車に乗ってワルシャワへ、一人旅をしてきました。


写真は列車内にて、サービスで頂いたもの。

当時のレートで計算すると、運賃は日本円で三千円するかしないか、というくらいでしたので、

サービスなどは無いものと思っていたので嬉しいですね。


乗客の少ない静かな車内、車窓からは、紅葉している穏やかな景色が流れてゆきましたが、

アウシュビッツ・ビルケナウでの、美しい夕焼けの映像が頭に焼きついて離れず、ただぼんやりと見つめておりました。


思えば、旅の始まりのクラクフに入った日から、ずっと雨が降りそうな、灰色の曇り空のポーランド。

友人のMさんと始まって、途中からM君も参加。

どのレストランに入っても、とても味わい深い、温かい家庭料理のようなものが出てきます。物価が低いという事もあって、驚くほど安くいただく事が出来ます。

ふらっと偶然立ち寄ったお店、とても寒くて空腹な私達を、温かいスープで迎え入れてくれました。


















ポーランド料理 赤カブのスープ、バルシチ(ロシア料理のボルシチとは全く異なります)。

赤ワインの様に、透き通った美しい紅のスープです。とっても上品で美味。



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Parisに住んでいた頃から、ずっと行きたかったポーランド。今年のベネチアビエンナーレの、ポーランド館での映像作品が頭から離れず、

Twitterでのたった一言、"ポーランド…"という私の呟きを見ていたMさんが、誘って下さったのです。

・・・ふふ。旅のはじまりって、予想外なきっかけで、ふわりと舞い降りてくることがあります。

そうはいっても私の場合は、もともと心の中に、未知なる地への想いとして、ずっと温めていた場所へゆくことが多いと思いますが。



















柔らかい秋の日差しに包まれて、黄色い落ち葉が美しい、穏やかな風景。



アウシュビッツ博物館内は、基本的に写真を撮ることが出来ます。

私は、収容棟の建築内部を撮った写真が一枚も無かったことに、旅の終わり頃に気が付きました。

こちらの写真は、建物を外から撮影したものです。

写真を撮ることを、意識して控えたわけでは無かったのですが、外の写真しかありませんでした。

収容者の脱走を防ぐ為の、高圧電流が流れていた鉄線のフェンスがうっすらと映っております。

苦しさのあまり、このフェンスに触れて自殺をした収容者もいたそうです。

















こちらも収容者の住居を外から撮影したものです。

紅葉しかけているポプラの木々が立ち並ぶ、静かでのどかな風景。

当時収容されていた人々が植えたポプラなんですって。



今回Blogにアップしているのは、これからアウシュビッツ博物館へ訪れる予定のある方へのアナウンスがあるからです。(既にご存知の方も多いかもしれません。)

行く前に、日本人のガイドさんのツアーを予約しましょう。

こちら↓

日本人でただ一人の公認ガイド、中谷氏という方へのコンタクトリンクです。

第一強制収容所であるアウシュビッツと、第二強制収容所であるビルケナウの両方をガイドしてくださいます。


博物館内は、ガイドを付けないと入場出来ない時間帯があります。ガイドは当日、英語、仏語、伊語・・・とありますが、日本語は予約が必要みたいです。

今回は他の言語でのガイド料と同じ料金でした。是非予約してみてくださいね。

私たち三人は何も知らなかったのですが、偶然ツアーに参加予定の日本人の女性Yさんに出会い、急遽、当日参加させてもらうことが出来ました。

Yさんは、数ヶ月に渡ってヨーロッパを一人旅している方でした。偶然にも私達、彼女のポーランドの旅と重なったのです。

彼女に出会わなかったら、私達は中谷氏のガイドのことを知らずに、英語か伊語のツアーに参加していたことでしょう。

博物館行きのバスが、出発定刻前に定員オーバーとなってしまって、仕方なく予定より1本バスを遅らせる羽目になってしまったところ、バス停で彼女と出会いました。

(そういうわけで、バスは早めに並んでおきましょう。)


不思議な巡り合わせ。


日本語のガイドを付けたことで、非常に分かりやすかったこと、心の深いところで受け止めることが出来たことを、

博物館を後にして、つくづく感じたのです。Yさんとの出会いは、本当に感謝です。

様々な書籍、映画、ネット上で、アウシュビッツに関する情報は得ることが出来ると思います。

当日現地にて、ガイドさんには様々な質問をすることが出来ますので、曖昧な知識でも分かりやすく案内してくださいます。

そもそも、知識のみの情報として知っている状態は、深く理解するということにおいて、曖昧なものだと思っています(自分自身に対して)。

どのような知識も、あぁ、解っているのでは無いわ、と常に自問自答の日々。


長い間、たったひとりの日本人代表として、この地で起きたことを述べ伝えて来た中谷氏の言葉は、

短時間で簡単に手に入れたような情報の羅列では無く、私達ひとりひとりに、重たくて大切なバトンをしっかりと心に渡すという、

重要な任務を背負っておられるような深みを含んでおりました。

・・・短時間で、なるべく多くをを知りたいと思っている私達の心に届くように。

現地に残されている収容棟、ガス室(一度に大量に殺害されました)、バラック等には入ることが出来ます。

歴史の知識に触れてゆき、空気に肌で触れることで、各施設へ入る毎に、魂が静かに当時の世界へ深く入ってゆくような感覚。

人によって、魂がどこへ辿り着くのかは、とても異なるでしょう。ツアーには、10歳前後の少女もいました。

辿り着く場所は、自分自身を映す鏡だわ、と思いました。ここに来ると、自分自身を見つめ直さずにはいられなくなるのだと思います。

施設を訪れている人はとても多く、多国籍でしたが、ふと周りを見ると、重く複雑な表情の人々で溢れていました。


博物館は、過去の悲劇の情報を伝えるだけではなくて、

現代の私達へ、今、目の前で起きている様々な現象に向けた、重要な深いメッセージとしての施設だったように思います。


アウシュビッツ・ビルケナウ両方の見学時間は大体3時間半ほど。ずっと歩きっぱなしでしたが、私はあまり疲れませんでした。

どこから始まってどこで終わるのか分からないほど漠然とした、広大な敷地のビルケナウは、足元が悪いので、高いヒールなどはやめておきましょうね。

ビルケナウは、死の門と呼ばれる入り口で始まって、収容者を乗せた列車のレールが、ずっしりと重く続く、大規模な収容所です。

ここは、全てが当時のまま残されている場所です。














ビルケナウ、夕暮れ時。



この日に限って、美しい夕暮れでした。

他の日は全て、曇り空のポーランドだったのに。

どの施設に入っても、感情的になることはほとんど無かったのに、この瞬間の美しさが、抑えていた感情に触れてしまいました。



何処の空も美しい。

美しいって、何でしょう。

こんなにも、美しいと感じることそのものが、悲しいと思ったのは初めて。




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ワルシャワへの列車で、ビルケナウの夕暮れの映像が頭から離れず、ぼんやり窓の外を見ていたら、陽気な口笛が聞こえてきました。


・・・イタリア人です。笑。


同じ列車の少し離れたところに、イタリア人の夫婦が乗っていたのですね。口笛はイタリア語で"fischio"。

イタリア人のお喋りと口笛の空気は、最近の私の日常。無意識に、重く厚い靄がかかった状態の心の中に、柔らかい風が入って来ました。


再び、窓の外の風景を見ると、赤、黄色、オレンジに、元気に紅葉している大自然が広がっていました。

異国の曇り空の下、生き生きとした自然の息吹を感じつつ、この後のワルシャワを想って、深く深呼吸したのでした。








  • 2011年10月25日

白い空気の、冬の香りのなか、いかがお過ごしでしょうか。

ミラノはすっかり凍えるような寒い日々が続いております。

快晴続きの旅を終えた後は、ずっと曇りor雨模様。


ベランダから見える、沢山の赤色の屋根には、

小さくて、とても古い煙突が沢山あって、

灰色に覆われた風景の中へ、

白い煙がもくもくと消えてゆきます。


archaic chimneys.


昔、美大生になって間もない夏休みに、友人と、

奥多摩の深い森の中へ、小さな小屋で数日間、

バーベキューをするでもなく、キャンプを楽しむでもなく、

自然の中で、どの様な創作が出来るのかを探しにゆく旅を

しました。

小屋の管理人さんからは、基本キャンプが目的の若者が集う日常で、

私たちの事を、とても不思議な目で見つめていた事を

よく覚えています。



その時の旅のタイトルが、

archaic chimneys.


いったいどういういきさつで、そう決まったのか、今では謎なのですが、

古い煙突にとても惹かれていたのでしょう。

ふと、ベランダで思い出して、少し可笑しくなったのでした。


緩やかに、白い煙の動く姿が、無意識に、温もりのある家の中の、

時の流れとリンクします。


人々が暮らしている、営みの風景。

どの様なドラマがあるのかしら、と、想像の海は深くなってゆくばかり。


どの様な風景や、香りや、メロディが、心を動かしますか。

人それぞれ異なると思うと、それだけでドキドキします。

言葉で表現出来るなら、聞いてみたいですね。

そういう会話は、深くなるほど面白いです。


独りでの思考が、ひとり旅のように自由に歩くことが出来るように、

会話も、誰かと旅をするようなもの。

独りでは辿り着けない、新しい世界に辿り着くことがあります。

特にヨーロッパに来てから、強くそう感じるようになりました。


心の深いところから豊かになってゆく旅。


そして、心が豊かになると、自然と右脳が動き出します。


昔読んだ、伊東豊雄氏の書籍の中で、

巨匠アアルトは、右脳が自ら動き出すのを待つために、

右の手にペンを持った時に、彼にとって左の手に持つべきもの、空間を流れるメロディが何なのか、

知っていたと書かれていました。

図面化されてゆく時に、左脳を動かす術もあったそう。


昨年、彼の自邸&彼の設計した住宅を見に行った時に、

素晴らしい空間が生まれる迄の、

心と脳の動きを想像してみました。


完成されたものの中から、原石を探すようなもの。


日々、心が豊かになるように。


お金をかけるような贅沢な事でなくてよいのです、

質素な暮らしの中で、優雅な時間を持つことが大切、と私は思います。

とても贅沢な事なのかもしれないけれど。

古い煙突ひとつから、心を豊かにしてゆくことは、

贅沢な事だと思うからです。


結局、感謝、という一言に戻ってゆくのですね。

様々な思考、想像の旅に出ても、戻ってゆく場所があるという事は、本当に大切ですね。


戻るべき場所へ戻って、心へ刻んでゆきたいと、

強く願います。

  • 2011年10月23日

ヨーロッパでの生活、Parisでの期間を入れると、約1年半経ちました。やっと、母がイタリアへ遊びにきました。


日々見ている素晴らしい世界を、大切なヒトと共有したいという想いは、

誰にでもあるのではないでしょうか。


もともと海外へあまり出たことがなく、

長い期間家を空けることもせずに、

内側から家を守ってきたヒトなので、

素敵な旅にしてあげたいという想いがありました。


もともと本人は好奇心旺盛+柔軟なので、

あっという間にこちらの雰囲気に慣れた様子。


ツアー旅行のように快適で、でも生活しなければ分からない、

ヨーロッパの日常も感じることができるような旅、と私なりにコンセプト(?)を立てて、

ミラノ、ベネチア、フィレンツェ、ローマとまわってきました。


コンセプト(?)を立てている時点で、私自身が楽しんでいることは間違いなし、、、です。笑。


何処で何を食べても本当に美味しくて、

陽気で明るい人々が、美しい笑顔で生活していて、

素晴らしい芸術が溢れているイタリアの地が、

とても素敵な旅にしてくれました。


、、、感謝。

本当にこの一言だけです。


とても楽しい時間の後は、少し寂しくなるのは人間の性。


明日からはまた、イタリア人との時間を大切にしたいと思います。精進できますように。



秋の香り、ひとりの夜。

少し寂しい気持ちと、とても嬉しい気持ちと、グラッパ。


大好きなイタリアにて。

名称未設定のアートワーク 32_edited.png
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