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sense of wonder
不思議さを感じることのできる、こころの不思議。
その謎を探るような日々の足あとを綴ります。

茂木 健一郎氏、本日のtwitterから、一部引用です。


『(5)恋愛において、男性がよく失敗するポイントがある。女性が、何か言ったとき、それが論理的に矛盾すると考えてしまう。3日前に自分が言っていたことと違うじゃないか、支離滅裂だ、などと思ってしまうのである。

(6)しかし、女性が矛盾したことを言ったり、前言を翻したりするのは、その背後に淋しい気持ちや、不安な気持ち、愛が足りないという思いがあるからである。事実と違うとか、論理的に矛盾するなどは大した問題ではない。その背後にある思いこそ、受け止めなければならない。

(7)どんなに支離滅裂で、めちゃくちゃでも、その背後にある気持ちをやさしく受け止めて、黙々として従う。そして、揺るがない。そのような男性は、どんなに貧しく、ボロを着ていても立派なジェントルマンとなる。

(8)どんなことがあっても他人を受け止めるジェントルマンであるためには、自分が大地となること。強く、成熟していて、世間知に長けている。そのような人間を目指せば、あなたもジェントルマンになれる。

(9)ジェントルマンとは、つまり、愛のある「やせがまん」のことである。不安や哀しみで揺れ動いている他者をやさしく受け止める。そうして、自分は、一切弱音を吐かないのだ。もちろん、一種の理想に過ぎぬが、すべての美意識は、地上からほんの少し浮上している。』



パリに1年ほどいて分かったこと、それは「パリは1年ではよくワカラン」ということ。というわけで、2年目も・・・と言いたいところですがそのような予定はありません。

最後のトドの会(画家のW氏宅で、W氏による暖かいカレーを皆で食べるの会)の時にSUちゃんに、「パリの一番好きなところってどこ?」という、直球の質問を頂きました。そう聞かれて、よくワカランではちょっとどうかと思ったので少し考えてみる事に。

どの場所が好きかしら、ということならばサクレクールやモンマルトルあたり、はとても好きです。そして住んでいたバスチーユ付近が一番好きかしら。しかしながら、SUちゃんの質問は場所というよりもパリのどのような顔、雰囲気が好き?というものでした。

あくまで日常の風景からですが、良くも悪くも、人と人との距離感が近いところ、かしら。彼らは、お互いが人間らしい欲望や弱さを持っているという事を、無意識に共有しているように見えるのです。


例えば・・・


スーパーのレジで仕事をしていようと、疲れていれば全くやる気のない態度に、友人がお客として現れれば、どれほど並んでいようと関係なく会話がしたいのでする。


メトロの中で、カラオケ音源で全く上手ではない大声で歌って小銭稼ぎをする。


メトロの改札を飛び越えて無賃乗車する人を、駅のインフォメーションの人は見ているだけ(注意する事は、自分の仕事ではないのでしたくない)。


あまりに面白くて嬉しい事があったので、突然知らない人でも話しかける。


いつでもどこでも、満員電車でもキスをする。


自分の話ばかりする。自分が楽しいと、皆も楽しいと思っている。自分がパニック状態だと、周りの話は聞こえない。


狭い通路で後ろに人が沢山つかえていても、マイペースな歩調を変える気はない(気づかない)。




まだまだ色々ありますが、これらの状況に対して特に驚いたり違和感を抱いたりしないということが、ただの「慣れ」ではなくて、ヒトの中に本来ある欲望や弱さを原因として表に現れる行為のひとつとして、「ありえない!」ということにはならないのでしょう。別に許し合っていると言う綺麗事ではなく、納得出来なければ、何故そのようなことで?と思う様な事でもむきになって怒りだす人もいます。あからさまに皮肉をぶつけてくる人もいます。それさえも、人間の自然な行為として白い目で見るようなことは無いのですね。


しかしながら、私はこういう本能的に「人間らしさ」を共有しているあたりに、人と人との距離感の近さを感じるのです。時としてそれはこちらにとって大きなストレスになることもあり、笑ってすまされる様な事ではない場合も多々あります。でもこの距離感、パリの顔の中ではとても好きなところかしら。う~ん、それほど好きでもないかしら 笑。 


・・・やっぱり、よくワカラン。

日本に戻りました。暑いのかしらと思っていたけれど、とても涼しいですね。パリの寒さに比べたらまだまだ、暖かく感じますが。

日本にいらっしゃる皆さま、お時間が合えばお会いしましょう。とても楽しみなのです。













飛行機で過ごすひとときは、めくるめく、日々が過ぎてゆく速さと、心の移ろいを強く感じる瞬間なのでしょう。明るい昼間から、あっという間に夜に向かって飛び、窓の外の風景が移ろってゆくのは、とても面白いのです。時差という、時計の時刻が少しずつずれてゆくことと、しかしながら時はただただ単純に過ぎて行っているだけ、常に、私たちは長い時の歴史の先端の果てを生きているという事はなにも変わらないのに、という感覚との不一致を、いつも感じてしまうのです。そういう時のこころは、過去と未来を美しく映し出す事があります。パリは、私がパリにいた瞬間よりもなんだか綺麗、日本は、今現実にいるこの瞬間よりも、輝いている、という感覚かしら。現実の風景ではなく、そういうこころのなかの映像を、実際の映像や音というメディアで映し出す事が出来たら・・・どのようなロードムービーになるのでしょう。未来にはそのような技術も生まれるのかしら。

それにしても、パリを離れるという事にあまり寂しさを感じなかった私。ギリギリまでオランダやフィンランドに旅行に行ったりしていたので、パリを発つ事自体もその旅行の流れの一環のような・・・笑。最終日さえも、moとカフェで会ったり、大切な友人が夜のセーヌ川のクルーズに誘ってくれたので、ひたすらお喋りでとっても楽しかったのです。

発つ1ヶ月前あたりは、寂しいなと感じることもありました。しかしながら、寂しく感じるという事は、出会えたことへの喜びを感じているこころの動きのひとつだと感じています。いつの間にかその感情は、出会えた喜びの方へ大きく変わってゆくと信じているのです。そうやって、前へ進んでゆく事になるのでしょう。パリでの全ての出会いに感謝して。皆さま、また、そのうち会いましょう。お元気でね!毎日のブログやつぶやき、楽しみにしていますね。

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