top of page
sense of wonder
不思議さを感じることのできる、こころの不思議。
その謎を探るような日々の足あとを綴ります。
  • 2010年3月10日
























パリに来て、だいぶ経つというのに、やっと・・・やっと、

カラヴァンアートを見に行きました。それも、後輩がきっかけをつくってくれた。

先週、大学の後輩が訪ねてきたのです。私が当時学生だった頃から、今でも大変お世話になっている教授を通し知り合った子で、会うのは初めてでしたが、初めて会ったとは思えないほどすぐに打ち解けるのでした。

彼女はもうすぐ卒業で、卒業制作が終了したばかり。「賞」とか、その時代の流行の建築があるなかで、ひたすら自分らしい作品を作ろうと必死なところや、価値観がはっきりしていて少し反骨精神があるあたり、学生だった当時の自分自身が重なるのでした。妙に似ていることや、同じ教授をとても慕っているという点ですぐに打ち解け、カラヴァンに会いに郊外へ出ました。


Cergy Pontoiseにある、彫刻家ダニ・カラヴァン Dani Karavanの「 大都市軸Axe majeur 」

「セーヌ川の支流オワーズ川の丘上に築かれた新都市である。そして、その丘の上の塔を起点とする強い軸線は、

坂を下って、12本の列柱を通り抜け、池に向かって階段を下り、パリを指している(凱旋門~シャンゼリゼ軸)。」


一つの建築物を創造する時、この作品ほどの広大なスケール感を念頭に置いて創られる空間って、どれほどあるのかしら。

この軸は、どうやらイギリスのStonehengeまで指すそう。これは、アースアートだから出来ること・・・と言えばそうだと思うけれど、普通に生活している中での建築や広場も、「ちょっと敷地の周辺」じゃなくて、これくらいのスケールをプランに入れているなら、風景も変わっていきそう・・・そんな風に感じました。

いたってシンプルな造形物が12のキーワードをもとに表現されているのですが、本当に広大なスケールでのアートです。地球芸術。私たちはいまそういうところに立ってるんだね~とかいいながら、後輩と寒い中スケッチしたりしました。(本当に寒い!)良かったのは、観光地化していなくてほとんど人がいないということです。自然に、いる、という感じ。様々な名所は(エッフェル塔とか)、観光地として人が集まっていることがほとんどで(キーホルダーとか売っていたり)、本来の姿の2割くらいしか感じられないように思います。もっと、自然に人がいる風景の中でみたら、どんな感じだろうといつも思います。そういう意味で、ちょっとマイナーな建築めぐりなどはふらり・・・と人がいたりして、ちょうどいいと思います。

今回もそのように、ジョギングする人、犬を散歩する人、手を繋いでデートする人・・・など、ごく日常の人の姿とともに空間を体感する事が出来て、自然界の音も綺麗に聞こえ、二人とも大満足。長い軸を歩くたび自然とともに表情を変えてゆく・・・心に刻まれる表情も変わっていきました。グリーン(自然の緑)と、白と、朱とブルー(空と、河)の絶妙な色のバランスもとても素敵でした。戻るころにはとても長い時間が流れていたような感覚になり、遠く離れたパリを感じることもできるので、時空を超えるような場所なのです。

いずれは、カラヴァンの多くの作品があるイスラエルへ、教授も無理やり(?)連れてきて、行きたいと思いました。






  • 2010年2月15日

実家から、雛人形を飾り終えた写真が届いたり、友人から、小さなつぼみや植物の芽の写真などをいただくと、ああ、もうすぐそこまで来ているのね・・・と感じます。家の近所の散歩道にも、こういう光景がちらほら・・・



しかし、つい2、3日前までは粉雪が降る寒い日々が続いておりました。まだまだ冬のパリを過ごしていたいと思いつつ・・・雪解けのかたちはとても綺麗なのでパチリ。



散歩道というのは、家から5分もしないところにある、空中庭園。Promenade plantéeという散歩道です。使わなくなった鉄道高架跡の上部を改修して緑豊かな遊歩道に再開発したものだそう。ジョギングをする人、写真を撮る人、寄り添って歩く老夫婦など・・・細く長い道で多くの人とすれ違います。目線が常に高いところに位置するので、開放的。特になんの目的ももたず、少し時間があるから歩くだけ・・・という気軽な時間を過ごせる場所がある、(そういう空間を創ってゆく都市計画)というのが、最高。様々な植物の表情に変化があってついつい出向いてしまいます。




  • 2010年2月14日











とくに建築の勉強をするため・・という目的ではなくて、建築家がプランするうえでの、精神的なプロセスを知りたいから・・・ という理由でたまに読む、建築家の書く文章。

内藤廣氏「建築のちから」。知的で繊細、無言で語るように奥ゆかしく、控えめ。 論理的で現実的であって精神的、感覚的、温かさが伝わってくる。 いたって言葉自体は難しくなく、完璧すぎない、という完璧さ。 批評家のような口調とは当然かけ離れているけれども、自身の建築を通して、心の内の意見を言葉にしている・・・。 実際のクライアントとのコミュニケーションから生まれる他者(社会)との問題に向き合う心、それを解決してゆく術。 建築家個人のアーティスティックな精神世界を具体的な建物として表現してゆくセンス・・・。 批判することは、簡単なのです・・・。創造する事が、一番むつかしいこと・・・と、感じずにはいられない。 内藤氏は、出来上がりのイメージを初めにもつということはあまりないらしく、徐々にぼんやりとその全体のイメージが姿を現す・・・といったプロセスを持っているようです。そのぼんやり・・・の間に、周りの風景や歴史、人々の暮らしなどへの理解が深まってゆき、 プランが進んでゆくというプロセスは、まず自我ありきの建築にはならない、ということ。 個性的で目立つとか、人目をひく奇抜さ(エンターテインメント?)・・・とは対極のところにいる建築家なんだなと、思いました。

・・・そして、またまた話題とは全く無縁のおでぶねこちゃま。ついにそのおデブっぷり公開となりました。 どうでしょう、心配になりませんか、メタボからくる様々な症状に・・・。私は毎日、心配でたまりません・・・笑。





名称未設定のアートワーク 32_edited.png
Category
Archive

Copyright ©️ kanacotakahashi.com All Rights Reserved

  • Instagram
  • YouTube
bottom of page