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sense of wonder
不思議さを感じることのできる、こころの不思議。
その謎を探るような日々の足あとを綴ります。













4月15日から、約半月、海外へ旅行に行って参りました。飛行機がほんの少し遅れているということにあまり疑問を持たずに、無事ミラノに到着したのですが、世の中はアイスランドの噴火で大変なことになっていたのですね。友人Wちゃんと私は、ネットを見る機会もなく、何も知らずに数日間、イタリアの旅を楽しんでいたのですが・・・。

 今回の旅の目的のひとつは、ミラノサローネというイベントへ行くことだったのですが、これは、非常に盛大な国際的イベントのため、世界各国から飛行機を利用してミラノに入る人々が大勢いたことでしょう。このイベントの最終日になっても飛行機は飛ばず、鉄道も満席で乗れない状態が続いていたので、中央駅は人・人・人でごったがえして、券売機もあまりにも大勢の人々が使いすぎのためなのか、クレジットカード機能が故障してしまっていたり・・・テレビ中継のためのカメラマンガうろうろしていたり・・・と、パニック状態でした。

 私はミラノの後は列車でスイスへ行ければなんでもよかったので、スイスの滞在先のホテルの人に問い合わせて、なんとかなりました。 友人Wちゃんはパリへ飛行機で帰宅・・・ということだったのですが、色々と面白いサヴァイヴァルな遠回りをしながら予定より数日遅れで無事、帰宅できたそうです。とりあえずは二人とも、無事帰還できたこと、感謝。















ミラノサローネとは、一般的には世界最大の家具見本市と言われています。世界中からメーカー、バイヤー、デザイナー、建築家、ジャーナリストなどが関わり合いながらそれぞれのビジネス展開・情報発信をミラノで発表するのです。毎年4月に約1週間ほど開かれており、その量の多さと言ったら・・・知ってはいたものの、実際に行ってみて本当に驚きます。ビジネスメインとなる「Fieraフィエラ」というところにある会場(幕張メッセやビックサイトのようなイメージ)の会場図が、こちら。この中央通路、1km以上あるんですって。














すこしづつ、想いを綴るメモとして、旅日記をつけてゆこうかな、と思います。


  • 2010年4月15日




猫のいるカフェ(Au cafe de paris)。 2度行って2度ともひっそり座っていました。 私の部屋に来るおでぶネコの3分の1くらいしかない、ちぃさなネコちゃん。 先日、フランボワー’sのライヴを見に行ったカフェです。1度目は、フランボワー’sのメンバーであるアコーディオニスト tacaさんのライヴを見に行きました。オリジナルの音の世界、吸い込まれてしまいそう。パリ日本文化会館にて4月28日、コンサートがあるそうです。とても行きたい・・・けれど、明日からしばらく旅行に行って参りますので私はいけません。残念ですが、興味のある方は是非。


アトリエは9時半に始まるので、それなりに早起きして家を出ています。もちろん日本で仕事をしていたときに比べれば、だいぶ遅いとは思うのですが。

パリでは、昼間からカフェに沢山の人々が集い、和やかに時を過ごしています。カフェの数に劣らず街中に溢れるほどにあるブランジュリーにも、香ばしい香りに誘われるように、人々が集まります。店に入れば、マダムが「Bonjour!」と、生き生きした笑顔で迎えてくれます。日本では普通「いらっしゃいませ」ですが、こちらでは「こんにちは!」と、言うようなものですね。「またお越しくださいませ」に代わって、「よい一日を!」となります。このニュアンスの違いはほんの小さなことだけれど、長い目で見れば大きな文化の違いに繋がるのでしょう。

東京とパリではここ彼処にわずかに異なる風が吹いており、そういう風に吹かれるたび、ふと立ち止まる癖は初めてパリを訪れた頃と全く変わりません。もちろんそれは、パリを見つめている時だけではなくて、日本を見つめている時も同じなのです。

例えば、インターネットでのインフォメーションを見るときや、記憶の中の日本を思い出している時など。最近とても不思議なのは、あらゆる事象を「型」に収めようとする「流行語」が、にぎわいを見せると言うことです。例えば古いものだと「KY」、近しいもので「草食系男子」など。どちらも、人によっては暴力的な言葉になりかねないもののように感じるのだけれど、企業などの「組織」の中での縦割りの世界の中でさえ、軽々しく使われていたことをふと、思い出すのです。友人同士での間で使うこととは、意味が異なるように思えてなりません。

良い悪い、好き嫌いは別として、そういう新たな「型」の生まれてゆくことがにぎわいのひとつである、ということが、本当に不思議でならないのです。対してパリには、新しいものに塗り替えることよりも、古くから使われている事柄を自然に守っていこうとする何か、力があることも、不思議。

こんなに不思議な世の中で、いったい誰が、狭くて窮屈な型に収まりたいと願うのかしら。























狭いところがお好き? 























高くて広いところが好き。

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