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sense of wonder
不思議さを感じることのできる、こころの不思議。
その謎を探るような日々の足あとを綴ります。

5月も後半。パリは夜の10時近くまで、夕方のように明るい日々が続いています。

8時を回った時点で、まだあと2時間は昼間のような時が続くと思うと、誰かとカフェに行って話をしたくなります。

(昼間は少し眠くなるのに、この時間から目が覚めてしまう。)

今日はアトリエの友人moと、日が暮れるまでおしゃべり。

早速、店の内から外に向かってスケッチを始めるmo。

少し小太りのおじさんたちの延々続く陽気な立ち話の様子を描きながら、

改めてフランス人のおしゃべり好きを微笑ましく思う。


扉の向こうに見える、緑や建物などを描きながら、

「たまに一部、ささっといいかげんになってしまうのよね。よくないわぁ」と、mo。

でも私は、それでいいと思う。何かを見つめている時、ヒトの目は一点にのみピントが合っていて、

そのまわりはぼんやりしているのです。

なんとなく好きな風景をデジタルカメラなどで手軽にメモしても、

印象が異なるのはあたりまえのこと。

見つめた瞬間の印象をそのまま撮る事が出来る腕があれば別だけれど(私には全くありません)。

moは、そうは言いながらも、最近はあまり写真を撮らなくなった・・・と言っていました。

moはあまり自分から言わないけれど、多彩な人です。


気がつくと日が暮れているのに、周りのどのカフェにも大勢の人がテラス席でおしゃべり。

出来る限り目から心へ、風景のかけらを焼き付けたいと思う。


どこに、ピントを合わせようかしら。

  • 2010年5月28日

スイスのアルプスを眺めながらも、東京の混沌とした風景が、ふっと心を過る。

生き生きとした生命体が寄り添う広大な風景と、寂しさと哀愁が渦を巻く都会の風景が重なりあう。

コントラストの強く感じるふたつの世界観は、私の心の中で境界線が消えて曖昧になってゆく。

壊れそうな、儚いもののなかに潜む美しさに、惹かれてしまうのは何故でしょう。

大自然の力強い香りの中で、私たちの移ろいやすく弱々しい、心の不思議を改めて想う。












標高4,478mのマッターホルン。


ツェルマット(Zermatt) は、標高1,608mの山上にある街で、さらに標高4000mのアルプスの山々へ伸びる登山列車やケーブルカーの乗り口でもあります。下は、ツェルマットにあった教会。






  • 2010年5月27日













以前の日記に記した、レマン湖の側にル・コルビュジェが建てた家に行ってきました。

スイスの南、ローザンヌ(Lausanne)から列車に乗ってヴェヴェイ(vevey)という駅で降りで、

徒歩15分ほど(バスも出ています)。

私が訪れた時にはすでに、二人ほど見学に来ていました。

ここは、月曜と水曜に夏のみ、公開しているそうです。

以下、入口のアナウンス。訪れる方、気をつけてくださいね。

行ったのに、開いてなかった・・・という人が結構いるそうです。

















しかしながらこの二人、よくよく見ると、この家の図面をアウトプットした紙を広げ、まるで仕事の現調でもするかのように、

テキパキと寸法を測っているではありませんか・・・。

家のすみずみまで細かく測っては、図面に書き込むという作業を淡々と繰り返しており、

スケールすら持ってきていなかった私は、少々反省してしまいました。実際に測らなければ、設計者の意図は解らないのです。

多分、仕事の一環で模型を作るか、3Dを立ち上げるのでしょう。











現調するふたり















































この家は、敷地が決まる前に設計は終了していました。

しかしながら、このレマン湖という場所が設計者の頭の片隅に、かけらもなかったとは考えられません。

横に長く広がる窓の比率と、その向こうに広がる湖とアルプスの景色とを、

同時に思い描いて計算したとしか思えないほどに、完璧に調和していたのです。













名称未設定のアートワーク 32_edited.png
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