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sense of wonder
不思議さを感じることのできる、こころの不思議。
その謎を探るような日々の足あとを綴ります。
  • 2010年5月26日

月曜は祝日でしたので、アトリエの友人moと一緒に郊外へ散歩へ行きました。二人とも、描くことが好きなのです。「絵画」なんておおげさなことではありません。落書きのように、ペンをただ走らせるだけのことが、とても好きなふたり。moが山が好きということもあり、郊外の森の散歩へ誘ってくれたのです。散歩と言っても、10kmほど(?)のハイキングコースですが。快晴の為、日差しがとてもきつく、体力勝負・・・という感じです。出発時から、列車を含むホームの風景を急いでスケッチするmo。発車ギリギリだったので、私は内心焦っていたのですが・・・笑。 そこは、郊外の「char」というところで、St-Lazareから郊外行きの列車に乗って1時間ほどの小さな町。

空と、緑以外は何もないところ。


人も少なくて、ただただ広い麦畑や菜の花畑がどこまでも広がっている、フランスの田舎を列車で走った時にずっと窓の外に広がる風景そのものでした。ふたりとも、何もないところが大好き。 誰もいない、何もないところで、何も考えずに小さな可愛らしい花を、小さく描くことは、とても大きな幸福のひととき。


































深い霧に包まれて、レマン湖の水平線はどれほど目を凝らしても見ることが出来ませんでした。スイスの旅で一番、美しいと思った場所。ル・コルビュジェという建築家は、母親の為にこの湖の側に小さな家を建てています。

















あなたもきっと、泣きたくなるくらい、美しい風景。















アトリエは9時半に始まるので、それなりに早起きして家を出ています。もちろん日本で仕事をしていたときに比べれば、だいぶ遅いとは思うのですが。

パリでは、昼間からカフェに沢山の人々が集い、和やかに時を過ごしています。カフェの数に劣らず街中に溢れるほどにあるブランジュリーにも、香ばしい香りに誘われるように、人々が集まります。店に入れば、マダムが「Bonjour!」と、生き生きした笑顔で迎えてくれます。日本では普通「いらっしゃいませ」ですが、こちらでは「こんにちは!」と、言うようなものですね。「またお越しくださいませ」に代わって、「よい一日を!」となります。このニュアンスの違いはほんの小さなことだけれど、長い目で見れば大きな文化の違いに繋がるのでしょう。

東京とパリではここ彼処にわずかに異なる風が吹いており、そういう風に吹かれるたび、ふと立ち止まる癖は初めてパリを訪れた頃と全く変わりません。もちろんそれは、パリを見つめている時だけではなくて、日本を見つめている時も同じなのです。

例えば、インターネットでのインフォメーションを見るときや、記憶の中の日本を思い出している時など。最近とても不思議なのは、あらゆる事象を「型」に収めようとする「流行語」が、にぎわいを見せると言うことです。例えば古いものだと「KY」、近しいもので「草食系男子」など。どちらも、人によっては暴力的な言葉になりかねないもののように感じるのだけれど、企業などの「組織」の中での縦割りの世界の中でさえ、軽々しく使われていたことをふと、思い出すのです。友人同士での間で使うこととは、意味が異なるように思えてなりません。

良い悪い、好き嫌いは別として、そういう新たな「型」の生まれてゆくことがにぎわいのひとつである、ということが、本当に不思議でならないのです。対してパリには、新しいものに塗り替えることよりも、古くから使われている事柄を自然に守っていこうとする何か、力があることも、不思議。

こんなに不思議な世の中で、いったい誰が、狭くて窮屈な型に収まりたいと願うのかしら。























狭いところがお好き? 























高くて広いところが好き。

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