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sense of wonder
不思議さを感じることのできる、こころの不思議。
その謎を探るような日々の足あとを綴ります。
  • 2011年10月4日

秋の空から、お便りが来ました。

ほんの少し、冷たくなった風にのって。




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お久しぶりです。いかがお過ごしでしょうか。



どうも、私は、寒いところにおります。

前もよく見えない、暗闇のようです。たったひとりきりのようですね。

長い間、ずっとそういう状態のようです。


なんとうなく、ここから抜け出せたら、と思うのですが、

不器用な性格ですから、どうしたらよいのか、分かりませんね。

先に進んでいるつもりでいるのですが、

方向が合っているのか、それがよく分からないのです。

深い森の中なのかしら。


いつからここにいるのか、記憶を辿ってみても、

ぼんやりしていて、はっきりイメージすることが出来ません。

気が付いたら、ここにいたという感じでしょうか。

それでも歩いて行かなければ、という気持ちだけが溢れてくるのです。

前がどちらの方向かも、分からないのですが。



星がほんの少し見えるので、

とりあえずは上を見てみようと思います。



本当に、美しいですよね。



そちらはお元気そうですが、どうかお身体ご自愛くださいね。



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様々な便りが、どこからかやってきます。

記憶に残るように、静かに、そっと届けてくれるみたい。



来年の春、温かくなる頃には、この手紙の送り主から、どのような便りが来るのかしら。

必ず、少しずつ、変化してゆくものですから。

時がたって、読み返すほどに、生き生きとしてくるみたい。



時の流れって不思議。



全ての便りは、何かのヒント。

ゆっくり、お返事を書こうかしら。

何処の空もきれい。














パリの朝焼け


リアルな世界の中に、ファンタジーをいつも探しています。

たった1時間と少しの間、空の旅をするだけで、ミラノからパリへ。

あっという間に夏から秋の世界に入りました。

空も、街並みも、香りも、全て秋模様。

冬に向けて、パリが美しくなってゆく物語の始まり。


新しい命が誕生していたり、元気だった命がこの世からはもう去ってしまっていたりと、

離れていた1年という時の中で、懐かしい友人達の話の中には様々なドラマがありました。

映画も、小説も大好きだけれど、ヒトの話を聞くことが一番好きですね。


うらはらに、ブランジュリーの香りや、アコーディオンの音が聞こえてくるメトロなど、

パリの日常の営みは何ひとつ変わらずに、

これからもずっとそのままで在るという、不思議な安心感のある街です。


パリを離れてからの1年間の間に、私自身の周りにも、

いくつかの命の誕生と、いくつかの命が亡くなったという話があったのだけれど、

環境が変わったせいか、慌ただしく過ごしていたので、

何も変わっていないパリで2週間過ごせたことは、心を整理するのにちょうど良い時間でした。













秋色のノートルダム。


木星を見ることがとても好きなのですが、

パリで滞在していた友人宅の小さな窓からも良く見えたし、

パリの後に渡ったヴェネチアからもしっかり見えました。



日常も旅も、おんなじ、と思う瞬間です。












ベネチア


ミラノに戻って、いつものように8階のベランダから、下の庭を眺めていたら、

金髪で赤い服を着た小さな坊やが、可愛らしい犬と遊んでいました。



なんて美しい風景。



何処の空もきれい。

どの人の笑顔もとても素敵で、

どのような生き方も、本当に美しくて、

全てのドラマが、生き生きしている。

















ミラノの雨上がりの空



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夏には特にミラノを離れず、何処にも行かなかったので、

少し周りと時期が遅れたヴァカンスとなりましたが、

私と会って、沢山話しをしてくれて、優しく楽しい時間をくださったかた、

時間を作ってくださって本当にありがとうございました。



また、会いにゆきます。

どうか元気でいて下さいね。

  • 2011年8月22日

周りの空間を想像してしまう画像。

どんな日で、どんなところだったのかしら。
















例えば写真なら、

四角の紙に映り込んでいる世界の、映り込んでいない外の世界の広がりを想像したいのです。

映画ならば、監督が意図して、あえて描かなかったかもしれない部分。


あとは想像してくださいね、という甘い表現では無くて、

見えない部分も含めて、そうであることが必然の、完璧な表現がいいわ。

だから、つまり見える部分が最重要だから、表現するってむつかしい。

完璧主義を誇張しない、という完璧な表現に、心を奪われてしまうことがありますね。




心を奪われることって、どうなのでしょう。

感覚で捉えることなので、ただの偶然、たまたま、なのかもしれませんね。

取り立てて説明するほどのことでもなくて、

明日にはもう、柔らかい風が吹いて、心は移り変わっているかも。

うん、多分、きっとそう。

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