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sense of wonder
不思議さを感じることのできる、こころの不思議。
その謎を探るような日々の足あとを綴ります。
  • 2011年8月5日

短い夏。

短い物語。

明日は旧暦を使っていたころの7月7日。



ほんの少し、小さな出来事を想い出して。



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もう大分前の夏休み、直島へ大学の友人+教授と旅行に行きました。

安藤忠雄氏の設計した美術館があることで有名なところですね。


繊細なガラスと、力強いコンクリートの組み合わせ。

薄暗く、狭い通路を抜けると、開放的で広がりのある空間へ。

水と石がぶつかる音。光が水面に揺れて、ダンスをしているよう。


一緒に行った教授のM先生は、プロダクトデザイナーで、椅子を専門とされていました。

それほど会話をしたこともなく、静かな方、という印象を持っていました。

他の学生とも親しく話している様子を見たことが無いし、団体の中でもポツンと一人行動をしている印象。


皆で安藤氏の設計した宿の部屋を見学していると、部屋に置かれていた椅子が、なんとM先生がデザインした椅子だったのです。

M先生自身、設置されている事をご存知なかった様子で、とても驚かれたと同時に、感動されていた様子。

なんといっても、あの安藤氏に選ばれたのですから、デザイナーにとってこれほど嬉しいことはないはずです。

今まで見たこともない、M教授の本当の笑顔。今にも泣いてしまうのではないかと思うほどの喜びが、溢れていたのでした。



昨年の10月、M教授が亡くなったことを知人から伝えられました。

まだお若かった為、とても驚きました。

parisから帰国してすぐに入った連絡、なにかと慌ただしく、お通夜にも行くことが出来ませんでした。

私は、M先生の授業を受けたことがあったし、彼から色々なことを教えてもらったことがあったはずなのです。

作品を見せたことも、言葉を交わしたこともあったのでしょう。


しかしながら・・・

私にとって、はっきりイメージ出来る彼の姿は、あの宿での、溢れる幸せそうな笑顔だけ。



・・・何故なのでしょう、たったその一瞬だけ、なのです。

他はぼんやりして、靄の中に消えて曖昧になってゆくのです。



それは、寂しいことでしょうか。




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数年前の夏、山形県のある川辺の側で、友人と自然のアートを楽しんでいました。

ゴミを出してはいけないという条件のもとで作品を作るのですが、

私達は光を集めるピラミッドを、寒天+石という素材で作っていたのでした。

夜になるまで夢中になって作った後は、美味しい夕食の時間。

涼しい夜の蝉の声は、風の音のようにさわやかに聞こえてきました。


蝉がどうしても嫌い、という友人の話から、

蝉の、儚い短い命の話になり、ひっそりと蝉の声に耳を澄ませていました。


少しして、友人がふと放ったひとこと。


「ところで、渋谷の、あの混雑してる交差点で、蝉の声って聞こえたかな?」


何故唐突に、このような謎の質問が舞い降りてきたのでしょう。

蝉の命と、渋谷のイメージがどうリンクしたのでしょう。


当然、聞こえるはずよ、と言ってイメージしてみました。

あの、渋谷のスクランブル交差点でしょう?

混沌とした真夏の都会、沢山の人々の足音と話声、大きなスクリーンから聞こえてくる最新情報の音・・・

あぁ、蝉の声が聞こえてきそう・・


・・・ん?

・・・自然な形で、蝉の声が重なってゆくイメージをすることが出来ないのです。

都会ほど蝉の声ってうるさく聞こえるものじゃない?聞こえているはずよ絶対、などと話しながらも、

う~ん、、、と記憶を辿るのですが、

どうしても、誰一人、イメージすることが出来ないのです。

田舎の川辺にいる私達、外からは、本物の蝉の声がしているというのに。



私達は、不思議な深い森の中に迷い込んだように、

つかみどころのない、混沌とした都会をさまよったまま、夜は更けてゆくのでした・・・。




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随分昔、

友人のセイ君という男の子がずっと信じて疑わなかったこと:ヒトは亡くなったら星になるということ。

随分早くに両親を亡くしていた彼は、七夕というイヴェントの有名すぎるお話しに、彼の父親と母親を重ね合わせて、

二人が天で出会うことが出来る日だと言っていました。


7月7日は雨になる事が多いですね。彼にとってはとても残念なことだったみたい。

そして七夕以外の日はしっかりと晴れたりしてね。


彼は、雨で星の見えない夜空を見上げながら、

晴れている日の夜空に、降るような沢山の星を見ると、涙が出そうになる、と言いました。

何故なら、沢山の星の数ほどの人が、今日も世界中のどこかで亡くなっているということに、思考がリンクしてしまうから。

でも七夕の夜は違う。七夕の夜だけは、晴れてほしかったのに、と。


私は、きっと同じだけの命が、今日も生まれているはずよ、と思ったけれど、言うのをやめました。


代わりに、もうひとつの七夕があることを知っている?と聞いてみたところ、知らない、と言うので、

月の満ち欠けで日付を数える、旧暦を使っていた頃の7月7日のことよ、大昔の人たちはその日をお祝いしていたの。

今では年によって日にちが変わってしまうけれど、確かにもうひとつ七夕はあるのよ、と言ってみました。



・・・そうしたら、ほんの一瞬、彼の目の奥が輝いたのでした。大きな星のように。




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※ところどころ、フィクションを織り交ぜてございます。

















studioはこのトンネルの先にあります。


蝉の声を聞かないまま、もう涼しい日々が訪れています。

静かに寝静まった頃の真夜中の東の空に、大きく光る木星が見たくて、ほんの少しの間だけベランダに出る日々が続いています。

長袖でないと寒いくらい。ふと向かいのマンションを見降ろすと、同じく星を眺める夫婦の姿があったり。素敵な光景ね。


すでに3ヶ月半経とうとしているミラノでの生活ですが、普段通っているスタジオについて、少し記事にしておこうかなと思います。

母校による有難い機会を頂いて、こうしてヨーロッパにいることが出来ていてるので、少しでも状況を伝えたいという想いから。

母校が設置しているこの研修のシステムは、応募時での研究内容に制限はないのですが、

イタリアにあるミリオーレセルベット事務所というスタジオがヴィザの書類を作成してくださり、またあらゆる勉強の為のサポートをしてくださるという事は初めから決まっていることです。

今後私の後にも、同じようにこのシステムでミラノに学びに来る人がいますので、イメージしてもらえたら、という想いもあります。

引き継ぐことって大切。あまりにも情報が少なく、解らないことだらけで外国に来ることは、不安が大きいものです。

設計関係でなければ(例えばファッションなど)、事務所へ通う事は少ないかもしれませんが、少しは訪ねることがあると思うので、参考になるかもしれません。



studioには通い始めてまだ2ヶ月ちょっとです。

少しずつ、言葉の壁を越えて、馴染んできています。

一番興味があったのは、働き方。未だにしっかりとしたコミュニケーションがとれないものの、すこうし、雰囲気はつかめてきています。

一日の大半を過ごす場所、ヒトにとってどのような空間が、ストレスレスに近づけることが出来るのでしょう。

労災による鬱病増加etc、ヨーロッパから学ぶことが出来る働き方はどのようなものでしょう。

個人事務所ですので、企業とはまた大きく異なるのですが、小さなところに何かヒントがあったら。今はまだ観察中、模索中・・・とても面白いです。


基本的にブログに人は載せないのですが、今回は特別。分かり易いほうがいいものね。ネット上に載る事にはあっさりと承諾してくださいました。

事務所の人たちに、少し働いているところを写真に撮ってもよいかしら、と聞いたら、そういわずに集合するよ^^ と言ってくれたのでまずこちら。















先週金曜・・・人が少ないの。普段はもっと居るのだけれど。全員イタリア人です。(残念ながら所長はいらっしゃいません)

周りからは、数ヶ月、語学学校に行ってから通ったら、という声も頂いたのですが・・・またとない機会、飛び込んでしまえ、というわけです。笑。


人見知りである私が、しかもイタリア語がそれほど話せない状態で、いったいどうやってこのイタリア人しかいない事務所へ毎日(なんとか)通う事が出来ているのでしょう。


向かって右端に黒の四角いプリントが入っている、白いTシャツを来ている男性がいますね。

初めのうちは、彼がいて下さっているおかげで、なんとか楽しく通えているといっても過言ではない、Aさん。


会話は、基本的に辞書があれば、メモを取るので大体何を言っているのか分かるのだけれど、それでも八方ふさがりになる事があります。

とりあえずは自分でなんとかしようとするのだけれど、それでも、プレゼン図面と思うと線一本引くのにも手が動かなくなってしまう事も。


そういう私を、このAさんは空気を読んで察して下さるのですね。常に、先に声をかけて下さいます。しかも穏やかに、丁寧に。

(多分私が精一杯なことに誰よりも気が付いている・・・大抵イタリア人はそんなこと気付かないと思う。)


・・・空気を読むイタリア人!出会いに感謝、希望の光です。笑。


デスクに座っている人に話しかけるときは必ずと言っていいほど、

自分自身が床に膝を着いた状態で、下から目線(?)で話しています。


・・・下から目線のイタリア人!ブラボー!(その方が話しやすいから、というだけのことでしょうけれど。)


しかしながらAさんは、所長の準秘書とも言えるくらいの立場の人なのです。



・・・こういうわけで、初めのうちは彼に助けてもらいながら進んでいたという状況だったのです。

しかしながら、他の所員さんも、こちらが投げかけた質問に対しては、想像の数倍以上のリアクションで返してくれますね。やっぱりイタリア人ですね。



事務所の風景について少しだけ。

好きなだけ写真に撮っていいよと言って下さったので、図面等が映りこまないように撮ってきました^^


















アナログベルがインターフォンです。


















照明を一切付けずに、自然光のみで仕事をしています。



















































少しでも多くの事に気がつくことが出来るように。

イタリア人と向き合ってゆきたいと思います。

まずは、心を開くところから、ですね。

  • 2011年7月11日

接触の悪い、もしくは少し古くなった蛍光灯が、小刻みにピカリピカリと光ること、ありますよね。

それが巨大な状態で夜の空の雲の上にあるような感じ、昨夜はそういう空でした。

雷って、少し間をあけて「あ、また光った!」と驚いた後に、ドーンという音が聞こえてくるイメージが強いのだけれど、

昨夜のミラノの空の雷は、常に光っていました。それもとても大きな電流がピッカピッカしています。



































激写・・・といっても撮るのは簡単なのです。

2秒に一度はこのように光輝いているので。


与えられた大きな空を見ることが出来る部屋で、夜空を見上げない日はありません。

雷雲が去ると、いつもの穏やかな星空が現れました。大気もひんやりと心地よい涼しい夜でした。



大きく荒れた波が、もとの静かな海へ返ってゆくイメージと重なるわ。



7月11日。あっという間に、大きな津波の起きた日から4ヶ月経ちました。

ミラノでの生活は、静かに空を見上げているとき以外は、とても慌ただしく、色々な事を吸収するのに精一杯ですね。

ミラノにいなくてもそうだと思いますが。周りにいる素晴らしい人々が救いの手を差し伸べてくださるので、私は元気にしております。

きっと今日は、日本中で黙祷が行われたことでしょう。忘れないためです。私達は、無意識に大切な事を忘れてゆくから。

亡くなった方々を想うと同時に、今生きている大切な人々を想うことも、自然に起こる心の動きです。

私は何か大切な事を、忘れていないかしら、という何気ない問いへのヒントは、大切な人を想うと、ふと降りてきたりしますね。

そういう時間はとても大切だと思います。5分でも、10分でも。















これは、向かいの建物の屋根の様子です。

だいたい夜の20時過ぎに、このように屋根に数百羽もいるのではないかというほどの、小鳥の集団、夕方のお散歩。

ほぼ毎日このように同じ屋根に集まるの。ここが好きなのね。

ヒトが設計した、ヒトの為の屋根の形が、彼らにとって憩いの場所になっているのです。面白いわね。

小さな事なのだけれど、何かに対する大きなヒントの様な気がしてたまらないの。それが何なのか、今は分からないのだけれど。




明日も、新しい朝が、美しくありますように。

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