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sense of wonder
不思議さを感じることのできる、こころの不思議。
その謎を探るような日々の足あとを綴ります。

日本に戻りました。暑いのかしらと思っていたけれど、とても涼しいですね。パリの寒さに比べたらまだまだ、暖かく感じますが。

日本にいらっしゃる皆さま、お時間が合えばお会いしましょう。とても楽しみなのです。













飛行機で過ごすひとときは、めくるめく、日々が過ぎてゆく速さと、心の移ろいを強く感じる瞬間なのでしょう。明るい昼間から、あっという間に夜に向かって飛び、窓の外の風景が移ろってゆくのは、とても面白いのです。時差という、時計の時刻が少しずつずれてゆくことと、しかしながら時はただただ単純に過ぎて行っているだけ、常に、私たちは長い時の歴史の先端の果てを生きているという事はなにも変わらないのに、という感覚との不一致を、いつも感じてしまうのです。そういう時のこころは、過去と未来を美しく映し出す事があります。パリは、私がパリにいた瞬間よりもなんだか綺麗、日本は、今現実にいるこの瞬間よりも、輝いている、という感覚かしら。現実の風景ではなく、そういうこころのなかの映像を、実際の映像や音というメディアで映し出す事が出来たら・・・どのようなロードムービーになるのでしょう。未来にはそのような技術も生まれるのかしら。

それにしても、パリを離れるという事にあまり寂しさを感じなかった私。ギリギリまでオランダやフィンランドに旅行に行ったりしていたので、パリを発つ事自体もその旅行の流れの一環のような・・・笑。最終日さえも、moとカフェで会ったり、大切な友人が夜のセーヌ川のクルーズに誘ってくれたので、ひたすらお喋りでとっても楽しかったのです。

発つ1ヶ月前あたりは、寂しいなと感じることもありました。しかしながら、寂しく感じるという事は、出会えたことへの喜びを感じているこころの動きのひとつだと感じています。いつの間にかその感情は、出会えた喜びの方へ大きく変わってゆくと信じているのです。そうやって、前へ進んでゆく事になるのでしょう。パリでの全ての出会いに感謝して。皆さま、また、そのうち会いましょう。お元気でね!毎日のブログやつぶやき、楽しみにしていますね。

















・・・いえいえ、嘘。まだパリにおります。笑。

寒いですよ、こちらは。

















日本より早い秋の香りのなか、さらにもっと先取りした冬の香りまで漂わせているフィンランドに行っていました。AlvarAaltoという建築家の設計した建物を見に行くために。すでに朽葉の香りのなか冷たい風が流れ、人々の温かそうなもこもこの服装は、秋の終盤さえ思わせるのです。私は特にこの季節が大好き。そういうひと、きっと多いのかしら。


面白いインテリアショップや美術館が溢れ、あっという間に時が過ぎてゆきました。 フィンランドのIITTALA社の素敵なガラスアートの空間では、振り返るとあまりにも美しい作品があり、思わず「あっ」と声を出してしまう。


今回も一人だったのですが、毎回素敵だなと感じるのは、ホステルでの出会いは思いもよらないほんの一瞬の素敵な時間を過ごせるという事。今までは外国人ばかりでしたが、今回は日本人の女性と出会いました。地球の歩き方のヘルシンキ部分を切り取ったものを譲ってくれたのですが、彼女も別の出会いで譲ってもらったものだそう。私は大抵スケジュールに余裕をつくってゆくので、半日ほど彼女とショッピングをしたり色々話したりして過ごしました。


何時間も話し続けても、こういう出会いってあまり連絡先を交換しないのです。そういう、一瞬の軽快な出会いと別れ、私は大好き。後に連絡したくても出来ないのです。どれほど御礼を言いたくなったとしても。そう、もうそういう想いは別の誰かに向けて・・もしくは神に向けて?という方法しか残されていないのですね。旅でのこういう出会いだけに限らず・・・2度と出会えないかもしれないということもあるということを、潔く受け入れていけたら素敵ね。気楽にアドレスを交換出来てしまう時代だからこそ。いつまでも引きずらない、追いかけない、執着しない。思考は深く、深く、どこまでも深く、しかし心は空を飛ぶように軽快に。



そんな雰囲気の空間に出会えたら素敵だわ、と思ってアアルトを訪ねました。まさに巨匠、+温かさが加わった、大変勉強になる住宅でした。またいつか訪れたい、フィンランド。

  • 2010年9月11日

旅の続き・・・


ルーマニアに入ってから、今まで体験した事のないほど(それほど、多くの場所を知りませんが・・・)「アジア人として、からかわれる」という場面に沢山遭遇しました。夜遅くにブカレストの東駅に着いた事もあまり良い事ではなかったのですが、道の途中のジプシー・乞食の人々や、普通のカップルから、大声で何か叫ばれた時は少し怖かったです。またいくつかあてにしていたホステルが、実際は全て運営していなかったというのも(よくあるそうなのですが)私は驚いてしまいました。偶然、安くて良いホテルを見つけましたが。


よくあるのは、「ニーハオ」「チャイニーズ?」と数人の男性が近づいてくる事。

ブカレストから、トゥルチャという街へ移動して、その街のケバブ屋さんの前にいた時のこと。数名の青年が、「チャイニーズ?」と言って近づいてきました。パリでも、その他の街でもそういう人々はいるので、大分慣れてきてはいたものの、もちろんいい気分はしませんね。とくに、この国では相当アジア人が珍しいのでしょう。そしてアジア人=中国人だと思っている人々が多い様子でした。


私は、わりとフランス語が堪能なmoに、ほんの冗談で「フランス人、て答えたら?」と言ってみました。

そうしたらmoは本当に、「フランス人よ。」と言ったのです。

声をかけてきた青年は、ぽかんと一定時間、思考が止まって自分の世界に飛んで行っているように見えました。思考が止まっているというよりも、頭の中の地球儀の、アジア付近にフランスという国を探してみてみるものの、ないので、地球儀をくるくると回してみて、あぁもしかしたらヨーロッパのあのフランス?というようなところへ辿り着くまで頭をフル回転させていたように見えました。

十数秒後、「ああ、え?フランス人?」と驚いた様子で話すので、moが「そうよ、パリに住んでいて・・・」と内容は忘れてしまったのですがスラスラとフランス語で話し始めます。彼らもほんの少しフランス語は理解している様子でしたので、冗談なのか?しかしフランス語を話しているから本当なのか?と半信半疑で戸惑った様子。しかし彼らの態度は、私たちがもしかしたらアジア人ではなく、「パリジェンヌ」かもしれないと思い始めたところから、態度は急変。これ以上口説いても無駄である、早く退散すべき・・・という雰囲気で「Au revoir・・・」と足早にどこかへ行ってしまいました。


私は、まさかmoが本当に言うと思っていなかった上、彼のぽかんとした表情がとても面白かったので後ろで笑っていたのですが・・・。


アジア人の顔をしたフランス人がいるかもしれない、ということが、多分カルチャーショックだったのかもしれません。私たちはもちろんそうではないけれど、日系アメリカ人然り、そういう人々が大勢いるということを知るということは、重要な事なのです。私もパリに来て、これほどの人種がフランス(パリ)にいるという事を実感できたことは、とても大きな体験だったのですから。



以降も、大勢の青年たちにからかわれる等の場面に遭遇するのですが・・・

しかしルーマニアではとても親切な人々と出会い、素敵な時間を過ごすことも沢山あったのです。それは上記のような経験のことなど忘れさせてくれるほどに素晴らしい出会い。どんなところでも、様々な人がいるので、たった数回の経験で「この国の人々は・・・」なんて簡単には、言えないものね。


それは、また後ほど。

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