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夏の話

短い夏。

短い物語。

明日は旧暦を使っていたころの7月7日。



ほんの少し、小さな出来事を想い出して。



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もう大分前の夏休み、直島へ大学の友人+教授と旅行に行きました。

安藤忠雄氏の設計した美術館があることで有名なところですね。


繊細なガラスと、力強いコンクリートの組み合わせ。

薄暗く、狭い通路を抜けると、開放的で広がりのある空間へ。

水と石がぶつかる音。光が水面に揺れて、ダンスをしているよう。


一緒に行った教授のM先生は、プロダクトデザイナーで、椅子を専門とされていました。

それほど会話をしたこともなく、静かな方、という印象を持っていました。

他の学生とも親しく話している様子を見たことが無いし、団体の中でもポツンと一人行動をしている印象。


皆で安藤氏の設計した宿の部屋を見学していると、部屋に置かれていた椅子が、なんとM先生がデザインした椅子だったのです。

M先生自身、設置されている事をご存知なかった様子で、とても驚かれたと同時に、感動されていた様子。

なんといっても、あの安藤氏に選ばれたのですから、デザイナーにとってこれほど嬉しいことはないはずです。

今まで見たこともない、M教授の本当の笑顔。今にも泣いてしまうのではないかと思うほどの喜びが、溢れていたのでした。



昨年の10月、M教授が亡くなったことを知人から伝えられました。

まだお若かった為、とても驚きました。

parisから帰国してすぐに入った連絡、なにかと慌ただしく、お通夜にも行くことが出来ませんでした。

私は、M先生の授業を受けたことがあったし、彼から色々なことを教えてもらったことがあったはずなのです。

作品を見せたことも、言葉を交わしたこともあったのでしょう。


しかしながら・・・

私にとって、はっきりイメージ出来る彼の姿は、あの宿での、溢れる幸せそうな笑顔だけ。



・・・何故なのでしょう、たったその一瞬だけ、なのです。

他はぼんやりして、靄の中に消えて曖昧になってゆくのです。



それは、寂しいことでしょうか。




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数年前の夏、山形県のある川辺の側で、友人と自然のアートを楽しんでいました。

ゴミを出してはいけないという条件のもとで作品を作るのですが、

私達は光を集めるピラミッドを、寒天+石という素材で作っていたのでした。

夜になるまで夢中になって作った後は、美味しい夕食の時間。

涼しい夜の蝉の声は、風の音のようにさわやかに聞こえてきました。


蝉がどうしても嫌い、という友人の話から、

蝉の、儚い短い命の話になり、ひっそりと蝉の声に耳を澄ませていました。


少しして、友人がふと放ったひとこと。


「ところで、渋谷の、あの混雑してる交差点で、蝉の声って聞こえたかな?」


何故唐突に、このような謎の質問が舞い降りてきたのでしょう。

蝉の命と、渋谷のイメージがどうリンクしたのでしょう。


当然、聞こえるはずよ、と言ってイメージしてみました。

あの、渋谷のスクランブル交差点でしょう?

混沌とした真夏の都会、沢山の人々の足音と話声、大きなスクリーンから聞こえてくる最新情報の音・・・

あぁ、蝉の声が聞こえてきそう・・


・・・ん?

・・・自然な形で、蝉の声が重なってゆくイメージをすることが出来ないのです。

都会ほど蝉の声ってうるさく聞こえるものじゃない?聞こえているはずよ絶対、などと話しながらも、

う~ん、、、と記憶を辿るのですが、

どうしても、誰一人、イメージすることが出来ないのです。

田舎の川辺にいる私達、外からは、本物の蝉の声がしているというのに。



私達は、不思議な深い森の中に迷い込んだように、

つかみどころのない、混沌とした都会をさまよったまま、夜は更けてゆくのでした・・・。




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随分昔、

友人のセイ君という男の子がずっと信じて疑わなかったこと:ヒトは亡くなったら星になるということ。

随分早くに両親を亡くしていた彼は、七夕というイヴェントの有名すぎるお話しに、彼の父親と母親を重ね合わせて、

二人が天で出会うことが出来る日だと言っていました。


7月7日は雨になる事が多いですね。彼にとってはとても残念なことだったみたい。

そして七夕以外の日はしっかりと晴れたりしてね。


彼は、雨で星の見えない夜空を見上げながら、

晴れている日の夜空に、降るような沢山の星を見ると、涙が出そうになる、と言いました。

何故なら、沢山の星の数ほどの人が、今日も世界中のどこかで亡くなっているということに、思考がリンクしてしまうから。

でも七夕の夜は違う。七夕の夜だけは、晴れてほしかったのに、と。


私は、きっと同じだけの命が、今日も生まれているはずよ、と思ったけれど、言うのをやめました。


代わりに、もうひとつの七夕があることを知っている?と聞いてみたところ、知らない、と言うので、

月の満ち欠けで日付を数える、旧暦を使っていた頃の7月7日のことよ、大昔の人たちはその日をお祝いしていたの。

今では年によって日にちが変わってしまうけれど、確かにもうひとつ七夕はあるのよ、と言ってみました。



・・・そうしたら、ほんの一瞬、彼の目の奥が輝いたのでした。大きな星のように。




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※ところどころ、フィクションを織り交ぜてございます。

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